yoga kutir 凪

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オウム麻原死刑執行(2)

 

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天上天下唯我独尊(記事の内容とは一切関係ありません)

オウム麻原死刑執行(1) - yoga kutir 凪 からの続き・・・

でも、ヨガと関わるにあたってどうしてもオウムって何だったのかってことを明らかにしておきたいという気持ちもあって、割と調べたりしてきた。

 

あの事件を通過して今も教えているヨガの先生がた、あまり多くは語らない人が多いなって気がしてる。まあ、あの頃はヨガ教室ってだけで公安に張りつかれて迷惑だったとか、クラス前後のマントラ詠唱の自粛とか、いろいろあったみたい。

 

さて、このオウムの方々。それなりに社会的な地位を獲得したものの、なお満たされない心を癒し、生きる意味を見出したい、といった人達だったのだと思う。もともとは。そして、そういう気持ちを抱いている人はいつの時代も、多いのではないかとも思う。

 

私が見てきた新興宗教で、よく出来てるなと感心したのはその仕組み。より多くの人を折伏することが大きな功徳だと説く。不謹慎な言い方かもしれないけど、これってゲームみたいなものだなって思った。折伏人数によってレベルアップ出来るとか、コインがもらえる、みたいな。そして、「人を入信させることでその人を救えるし、自分もレベルアップする。最高じゃないか、何が悪い?」というわけ。教団側は信者数を増やしたいんだから、効率良い方法。

 

これ、マルチレーベルマーケティングMLM)も同じ手法だと思うし、宗教法人ではないまでも、主に自己啓発的なことを謳う人達の集まりにおいても、本当に本当によく見られる光景。

 

そして渉外活動に向かない人は、自分の修行を深めてレベルアップしようとする。光が見えるとか、空中浮揚とかの神秘体験ぽいものをレベル設定して、それを達成していくという、これもまたゲーム形式をとることで病みつきにさせる仕組みが設定されていたりする。「こんなに短期間で空中浮揚を習得するとは素晴らしい!さらに修行に励みたまえ。」みたいな。

 

こういうレベルアップ方式なんかも、ヨガの世界でもすごくありがち(まあ、そもそもオウムってヨガ&密教の集団ですもんね)なこと。○○ヨガLevel1,2,3・・・とか。

 

いずれにしても、真面目な人ほど気が付くと組織の中のヒエラルキーに取り込まれてしまう。私は、人の幸福は結局は「自由」にあると思っているところがあるので、そういった団体や集まりの中に救いなどあるのだろうか、と思ってしまう。

 

それからこの人達は、人間の本能的な恐怖心を利用し、それを呼び起こすアンカーを設定して、それこそ理性による制御以前に条件反射的に指示・命令に従わせる、というこれまた都合の良い仕組みも使っていた、と言われている。

 

原理的には子供たちの「言うこと聞かないとママに嫌われる」と 同じかなと思う。独りで生きていく力がまだない人間の子供にとって、養育者を失うことっていうのは致命的なことだから。

 

これも、子供に社会性を身につけさせるため、きちんとしないとお父さんに怒られるよ!とかのレベルならいいかもしれない。親のエゴのために利用されれば幼児虐待に繋がったり、大人になってもその呪縛から解放されないほどのトラウマを残したりするかもしれない。

 

教団側から見たら今では離反者となった上祐史浩氏が、「ようやくだなという気持ちがあります」と語っていて、彼も今回の死刑執行を受けて、やはりどこか安堵したところがあったよう。なんってったって時代が時代なら、ポアの対象なんだから。

 

とにかく、オウム真理教というものすごく怪しい人達の集まりが、ものすごく怪しい手法を編み出したというわけではなく、同じような仕組みは割と世の中にあふれているということ。

 

だからと言って、何かの組織に身を置くのが悪いということではなくて、自分の運命の手綱の全てを他者に委ねる必要はないんじゃないの、といういことはこれからも言っていきたい。シンプルに、人生を豊かにするにあたって役に立ってるっていう実感がないなら、それ、いっそ辞めてみたら?と言いたい。

 

「仏に逢うては仏を殺せ 父母に逢うては父母を殺せ」

 

結局、自分の人生は自分で決めるしかないのだ。