yoga kutir 凪

ヨーガクティールなぎ

ポーズのムード

◆yoga kutir 凪
~ヨーガ・ピラティス・マスターストレッチ・足圧・アロマ~

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先日、久々にヨガレッスンにご参加くださった生徒さんとレッスン後にちょっとお話していたらちょっと面白い話になりました。

 

そのままのセリフではないのですが、

「何を意識しながらその姿勢をとるのかを伝えられて、その中で少しずつポーズが出来ていくんですね」というような内容のことを仰っていました。

 

「以前通っていたことのあるグループレッスンでは、姿勢の取り方を指示されて(足はここ、手はそこ、目線はあっち、といったようなこと)あとは目で見て真似するという感じだったけど、今日やってみたらそれと全然違う」と。

 

また、「真似してやっているつもり、ってだけだと、無意識に自分にとって楽な体の使い方に流れてしまっていたと分かった」とも。

 

例えば、いわゆる戦士のポーズ
「両足を大きく開いて立ち、右足のつま先を90度右に向けて、左足は伸ばしたまま右膝を90度曲げて腰を深く落とし、両腕を胸の高さに左右に開いて右の指先方向を見る」

体をいかに形に当てはめるかを伝えるならこんなところでではないでしょうか。

 

しかし、ポーズにはそれぞれ個性があり、ムード(力強いとか開放感があるとか、あるいは集中が高まっていく感じだとか、くつろぎが深まる感じ、、などといったもの)があると思うのです。

 

だからレッスンでは、それを味わうための最低限これだけはっていうレベルの体の使い方から始まって、そのレベルを超えられているのであればさらにもう少し深くそれを受け入れていくための指示がされるべきだと考えています。

 

「良い練習ができているな」と思う時って、体をポーズに当てはめている、ではなく、体がポーズの中に溶けていく、そしてポーズそのものであるところの体になる、という感じです。そしてそのポーズの持つ特有のムードもろとも自分の中に取り込まれていく…。

 

これが、様々なポーズを練習することの意味なのではないかな、と思うのです。

 

ちなみに、このムードを形成するものがプラーナ(いわゆる氣の流れ)ではないかと考えます。

これはまた次の機会に・・・。

 

ちなみに、このムードに馴染まないということもよくあることです。

これもまた次の機会に・・・。

 

写真は本文とはな~んも関係のない、南インドのアーティスト、ハルシャ展のひとコマ。わりとどんなところでも構わず寝るのね、インド人は。

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